2025.08.21
この世は瞬間も止まらぬ
精進とは
合宿の途中ですが、禁止はされていないので一筆取りました。
長老の法話のお時間で「私は長老のお話を聞くこと以外で仏教を学ぶ方法を知りません。仏教を学ぶにはどうしたらいいでしょうか」と、ともすれば「なんだそんなことを」と言われてしまっても仕方のないことを質問しました。でも私は本当に知らないのです。本があることは知っている。でも本を読むことで仏教を学べるのかわからない。ヴィパッサナーを実践している。でもヴィパッサナーを実践することで仏教を学べるのかわからない。
長老は答えてくださいました。「本たくさんあります。日本語の本でもいっぱいある。英語が読めるなら英語の本もたくさんあります。学者の書いた本もあるけど、学者の書いた本は面白くない。書いた本人が理解してないんだからね。仏教を理解した人の本は読むとなんだかやりたくなっちゃいますよ。知識の勉強は生きていくのに役に立ちますよ。でも実践の勉強は本では無理ですね。だからこういう場所があるんですね」と。おおよそこんなご回答だったと思います。私はこの質問の答えを得るためにここに来たのだ、いや、今ままで業に生かしてもらってきたのだと理解しました。
今だけ合宿の後であるヴィパッサナー実践に違反してしまっていますが。今日の出来事は胸に刻むためにこうして携帯を手に取ることをあえて選びました。それが良かったのかどうかはいずれわかることでしょう。これを書き終えればまた、ヴィパッサナー実践の時間に戻るとします。
慈悲を実践しよく学ぶ。そんな人であるために。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
2025.07.28
夏空の 突き抜ける青 蝉の声 漂う雲の 気ままな旅路
2025.07.23
未来は未だ来ず、過去は過ぎ去った、現に在るのは現在だけ
ペットロスの段階をふりかえる
5/26に愛鳥わたあめさんを亡くしてから早くも40日ほどが経過しました。
昨日は迎えられていれば4歳の誕生日でした。
日々が過ぎるに連れて悲しくなる時の気持ちに変化が起きてきたので書き記しておこうと思います。
フェーズ0 予感
以前からわたあめさんは呼吸器が弱く、過去に何度か気嚢炎などを患った経験がありました。鳥の呼吸器疾患は恐ろしく、急激に悪化して亡くなることもあるためその度に「今度は元気になれないかもしれない」と思っていました。5/26、まさに2日ほどの間に病状が一気に進行してしまいほぼまるまる二日、あまり長く深く寝ることもせず大好きなパートナーのそばで過ごしました。特に最後の数時間は「もういつその時が来てもおかしくない」と何度も覚悟を決めたものでした。この時点からペットロスの初期状態に至っていたのだと思います。とにかく穏やかに過ごせるようにできることをする。そのために極度の緊張状態が続いていて、アドレナリンの作用か闘争逃走反応に支配されていました。
フェーズ1 別れ
二人でわたあめさんを見守る中、その時は突然訪れました。苦しくとも必死に息をするわたあめさんはもはや体全体の筋肉を使ってようやく呼吸を保っているような状態から、最後の一息を必死に吸おうとしてもそれができず、息苦しさに悶えながら体をこわばらせて、しかし意識が遠のくとともに次第に力が抜け、パートナーの手に抱かれながら力尽きました。
そっと目を閉じてあげたわたあめさんの顔は直前までの苦しそうな表情ではなく、少し笑っているようなとてもとても穏やかな顔つきをしていました。私には基本的に触らせてくれなかったわたあめさんを抱き、抵抗しない様子を見た瞬間に「寝ているのではない」という実感が急激に湧いてきて涙が止まらなくなりました。ともすればただ眠っているだけのように見えるのに彼女はもう二度と目覚めことはない。その現実を強烈に突きつけられました。
フェーズ2 逃避
最後を看取ったことで体の力が抜け、力尽きたように眠りました。そして翌朝は病院、葬儀屋、酸素室レンタル業者など、方々に連絡することから始まりました。ペット火葬ハピネス様にご依頼し、当日午後には対応可能とのことでそれまでに酸素室を片したり葬儀の準備をしたりと忙しくしていました。火葬を待つ間、担当してくださったスタッフ様とお話をさせていただいて気を紛らわせていました。
火葬が終わり骨壷に収まったわたあめさんと帰宅し、その足で酸素室をレンタルしていたテルコム様の営業所に向かいました。その道中で運転している最中にふと脳のキャパシティが復活し、忙しく1日の過ごし方を考えるモードから唐突に「わたあめさんがいない」という現実に引き戻されました。返却の際、初めのうちはなんとか冷静さを保っていたものの、「ありがとうごばいました、闘病中は本当に助かりました」と口にした瞬間に涙を堪えられなくなり、返却を担当してくださった方に「そう言っていただけるだけで本当にありがたい限りです」とあたたかい言葉をかけていただきどうにか無事帰路に着くことができました。
思い返せばハピネス様もテルコム様も、ペットとの終末期とその直後という、家族全員にとって最も辛い時間を少しでも心安らかに過ごせるようにという願いから事業を続けてくださっている上にそうしてスタッフの一人一人が寄り添ってくださっていることを改めて自覚しました。また火葬の際に案内された場所は近隣の住人の方が「どうかここで供養してあげて」と善意から火葬させていただけている場所であると聞き、直接関わることはなくとも多くの人々の優しさによって支えられているんだということにも気づきました。
フェーズ3 自責
亡くなってからの数日間、仕事をはじめとし、趣味の写真やゲームは愚か普段であれば体調が多少悪くともたくさんご飯を食べる私が食事をほとんど摂れなくなりました。「あんなに苦しそうにわたあめさんが逝ってしまったのに」「わたあめさんはもう大好きだった粟やオーツ麦や青菜をたべられないのに」「わたあめさんはもう大好きだったラタンボールや輪ゴムで遊べないのに」という思考に覆い尽くされていました。まだ元気に一緒に暮らしている葵さんがいるんだからと自分に言い聞かせてどうにかこうにか食べ物を飲み込んでいました。
夜になると「もっと早く病院に連れて行ってあげていれば」や「あの時もう一度だけネブライザー治療をしていれば」などとぐるぐると自責に苛まれました。実際にはレントゲンに映らないほどにほとんど症状がなく薬さえ効けば治癒したであろう時期から通院をしていましたし、ネブライザー治療の途中で発作で突然死ということもありえる状況での治療断念の決断でした。つまりできることはしていたのですが、やはりどうしてもそうは思えない日々が続きました。あまりに酷くなりそうだったのですぐに睡眠障害でお世話になっている精神科医の先生に診てもらい、精神安定剤を処方していただきなんとか乗り越えました。
フェーズ4 喪失感
2週間ほどがすぎた頃から徐々にわたあめさんのいない生活が日常になって行きました。仕事を再開したり、葵さんを健康診断や爪切りに連れて行ったり、パートナーが帰省したり。そんな中でふとした時に「ああ、今頃わたあめさんは体重を測ってなかなか減らなくて呆れられながらご飯をもりもり食べてたなあ」「こうしてソファで葵さんと遊んでいるとケージでのほほんと羽繕いをしていたなあ」「葵さんがケージにいる間はパートナーの肩でお昼寝をしたりカキカキをねだったりしていたなあ」と、いた頃といない今を重ねることが増えました。
それから現在に至るまで、そうして過去の想起を通じて悲しむ頻度は少しずつ少なくなってきました。また、想起する内容も最期の日々から楽しかった日々に少しずつシフトして行きました。私の記憶の中でわたあめさんはまだ生きているとも言えます。記憶の中でまで苦しい思いをさせたくはありません。わたあめさんが必死に最後まで戦ったことは覚えておきつつ、幸せだった日々に時々思いを馳せています。
これから - 受容
唐突ですが、仏教的には良かったことだろうと悪かったことだろうと過去に執着することは善い行いではありません。過去はすでになく、未来はまだ訪れていない。あるのは今この瞬間だけです。ですが、善きを成すために過去を顧みることはまた善い行いなのではないかとは思います。過去に執着せずデータとして観察して今をより善く生きるために使う。これこそがふりかえりの真髄であるようにも思います。
この記事を書いている中でどうしても当時のことを思い起こし追体験しで感情を制御することができなくなりました。こんなにティッシュを使ったのは随分と久しぶりです。それでもできる限り心の動きを観察しました。少しだけ瞑想をしているので色受想までは拙いながらもなんとか観察できますが、行識の観察はとんでもなく難しいと実感します。怒りのような感情はまだ観察が容易ですが、悲しみの感情は非常に観察が困難で厄介であるように思います。一方で瞑想の実践によって次に観察できるようになるべき対象がわかったことは進歩とも言えるのかもしれません。
私はこれからも少しずつ受け入れていくのだと思います。その道のりは平坦でも短くもないでしょう。それでも一歩ずつ、歩いていくしかありません、願わくばそれが生きている間に達成され五蘊全てを観察でき悟りの境地に至ることができたならばきっと善い人生だと最後に思えるかな。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
2026.06.20 今日の一句
永遠に 留めおきたい 瞬間の 過ぎる速さに 打ちひしがれて